叔父さん(当時12歳)は自然の洞穴を利用して作った壕の中にいた

511: オカ板で発見しました 2002/09/11 13:05:00
28 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:02/08/30 12:54
戦時中、沖縄でのこと。
叔父さん(当時12歳)は自然の洞穴を利用して作った壕の中にいた。
他の住民、部隊からはぐれた大怪我を負った兵隊たちも隠れていた。
息を潜めていたのだが、どうやら米軍に居場所をみつかったらしい。
「ハヤクデテキナサーイ」と、マイクをつかって投降を促す。
当時、米軍は住民・軍人区別なく攻撃するものと思われていた。
中の住人のほとんどがその時点で死を覚悟していたが、そのうちの一人が
「ずーっと壕のなかにいたから、せめて一目太陽を見てから氏にたいサー」
といいだした。
そうしたら他の人も「そうサー」とか「どうせやられるならそうしたいサー」とか
言い出した。
米軍に投降するといった時点で、日本軍の軍人は「ふざけるな」といって怒ったり
スパイ扱いして住民を攻撃したりするものだが(他の壕では実際かなり行われていた。)
そこでは物資の少ない中、できるだけの手厚い看護をした住民と軍人の間で信頼関係ができあがっており
軍人達はあえてとめようとしなかった。
少年だった叔父に、横になりながら地面に文字を書いて漢詩の講義をしてくれた
若い将校は、「俺たちもあとからいくからな、しっかり氏んでこい!」といって笑顔で敬礼をした。
叔父も敬礼で返して、覚悟をきめた他の住民たちと外に出た。
外に出た住民達は一箇所に集められて、壕の入り口から離れるようにいわれた。
指示に従うと、すぐさま数人の米兵が火炎放射器で壕内を焼き払った。
もちろん、中に残った人間は誰も助からなかった。

ジジイの目に何が見えてたのか解からんが

794: おさかなくわえた名無しさん 04/02/19 05:24 ID:ksKuc5+t
何年前だったかな。10年以上前か・・・
テレビの深夜枠で結構ディープなドキュメンタリーやってたんだ。
高砂義勇隊の台湾ジジイが二人で戦後初めて靖国神社に参拝するって
内容だったと思う。一切日本語はしゃべらなかった。(編集でカットしてたのかな)
台湾ジジイ二人でくしゃくしゃの戦闘帽かぶってよろよろだ。
背中曲がってふうふう言いながら本殿へ歩いていくわけ。
でな、本殿へ近づくにつれてジジイの目が潤んでくるんだ。
そんで、顔はだんだんと温和になってくるんだ。
そこで全編通じてジジイがたった一言発した日本語。
「おい!・・・会いにきたぞ!・・・」
ジジイの目に何が見えてたのか解からんが、
本殿から「なんだ藻舞ら、ジジイになりやがって」
とか聞こえてたンかも知れんな。あのシーンは忘れられん。

その一言が、本土と戦場で叫んだ「天皇万歳」の重さの違いなのだと思う

156: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2003/04/30 09:08:00
滅多矢鱈と戦争の話をしない爺さん
呆けが少し見え始めた頃から戦争の話をするようになった
爺さんは満州とミンダナオに2回戦場に行ったらしい
満州では、当時朝鮮人は日本人として扱われていたので、中国人と喧嘩になると
朝鮮人の肩を持つのが当然だったらしい
また、朝鮮人だけの連隊もあり、その蛮行も度が過ぎたと親父は話していた
その内容はここには書けませんが、証人である事に違いはありません

最後のコンサート

393: 名無し三等兵 2002/06/09 23:58:00
このお話は8年ほど前、九州の西日本新聞に掲載され映画かもされました。
ご存じの方も多いはずです。特繰出身の学徒兵のお話です。
当時東京にいた私は銀座の東映に軽い気持ちで見に行きましたが、
そこには数多くの老紳士が・・・いました・・・。
突入シーン後、エンドロールで私の横に座っていた一組の老夫婦のおじいさんが突然起立して臆面もなく「拍手」し出したのには驚きました。
例に漏れず、当時21だった私は一緒に拍手することが出来ませんでした。。。

少し前に図書館で戦争カメラマンが撮影したイラク戦争の写真集を見た…

少し前に図書館で戦争カメラマンが撮影したイラク戦争の写真集を見た…
その写真集の表紙にはこう書いてありました…
「私は戦争というものがどんなものか…
どれだけ愚かなものか…
どれだけ恐ろしいものか…
どれだけ悲しいものか…
それを全世界の人に知ってもらうためにこの写真集には一切モザイク等は入れません」
中身はかなりグロテスクなものまであった…
首が無い死体やら自爆したテロリスト…
米兵に石を投げるイラク人の子供達…
だけど最後の方にあった写真が今でも忘れられなかった…
その写真は若いアメリカ兵の死体を撮ってあったのだが…死体はうっすらと涙を流し、側にはその兵士のかぶっていたヘルメットが転がっていた。ヘルメットの内側は奥さんや小さな子供など家族の写真が隙間無く貼り付けてあった…。
そしてその兵士は手紙を握りしめていて子供の字でこう書いてあった…
「パパ死なないでね!お帰り待ってます。」