私にとっての桜の季節は、ただリンゴをにぎりしめながら泣きつづけた日々の思い出なのです。

150 名前: 癒されたい名無しさん Mail: 投稿日: 2009/02/28(土) 16:44:18 ID: DwE7hn3Y
私は、2歳のとき父を亡くし、以来、私をひとりで育ててくれた母も私が中学二年生の時
突然の心臓病でなくなりました。その日のことです。
 近所のスーパーに勤めていた母ですが、学校から帰ると
勤めを早退した母は床に臥していました。
「お母さん、どうしたの?」と聞くと「心配しないでもいいよ、ちょっと風邪をこじらせただけだから」とか細い声で答えました。
 昨日からなにも食べてない様子だったので「なにか買ってこようか」と聞くと
「おまえも今、期末試験中で大変なのに、いいの?」「もしよかったらリンゴが食べたい」「じゃあ、すぐ買ってくる」
 リンゴを買って家に着いたとき、母はもう死んでいました。
 枕元に、ほんのわずかな時間に、苦しみながら書いた母の言葉の走り書きがありました。
「哲、ひとりになってもお母さんお父さんはいつもおまえを守っているよ ありがとう」
とありました。
 私は、それ以来リンゴを見ることもむろん食べることもできなくなりました。
 あれから九度目の桜を見る季節がもうすぐやってきます。
 私にとっての桜の季節は、ただリンゴをにぎりしめながら泣きつづけた日々の思い出なのです。

父の言葉はなんかさらっとしてたけど真実味があった

392: おさかなくわえた名無しさん 2004/05/15 02:08:00 ID:3aIn6SR/
昔、おばあちゃんと保育園の帰り、
私はおばあちゃんのつないでた手をふりほどいて走った。
おばあちゃんは私をおいかけて、転んで砂利で手を切った。
けっこう酷い怪我で、入院した。

今日、息子が俺を「とおしゃん」と呼んだ

19 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 Mail: sage 投稿日: 2009/08/16(日) 00:52:20
今日、息子が俺を「とおしゃん」と呼んだ。
成長が遅れ気味かもしれないと言われていて、言葉も遅かったから、不覚にも息が出来なくなるくらい泣いた。
嫁か息子か選べと言われた時、最後まで諦めずに運に賭けてみようと言った時、実は内心楽観的だった。
医学は発達してるし。嫁の病気での致死率は何千人に一人だし。育たないかもと言われた息子は臨月まで何の問題もなく育った。
それでも息子の誕生日は嫁の命日になった。
嫁を選んでいればと考えない日はなかった。正直に言うと今でも時々考える。
でも、こう言う日は息子を選んだこともまた幸せなんだと、心の底から思う。
さあ、今度は、「母さん」って言葉を教えてやろう。
携帯から長文でごめんな。
酒入ってるし、浮かれすぎか。

父さんの宝物

三年前に親父が死んだんだけど、ほとんど遺産を整理し終えた後に親父が大事にしていた金庫があったんだよ、
うちは三人兄弟なんだけどおふくろも死んじゃってて誰もその金庫の中身を知らなくてさ
とりあえず兄弟家族みんな呼んで、その金庫をあけることにしたんだけどこれがまた頑丈でなかなか開かないんだよ。

仕方ないから鍵屋を呼んで開けてもらうことにしたんだけど、なかなか開かなくてさ
なんとなく俺たちは子供の頃の話を始めたんだよ、親父は昔からすごい厳格で子供の前で笑ったことも一度もなくて旅行なんてほんとにいかなかった
子育てもお袋に任せっきりで餓鬼の頃はマジで親父に殺意を覚えたよ