お正月のおせち料理を食べるときに使う祝い箸を
あらゆる知人に配っています。
昨年、母は癌?で家族と離れ、京都の方に入院している
同僚の男の方に、何の気なしに箸を送りました。
その時、病気の進行により、既に食事はおろか流動食をチューブで
流し込むんでいる状態だとは知らなかったからです。
後でその事を知人から聞き、無神経なことをしてしまった、と
母は後悔していました。
しかし、お正月明けに来た一通の手紙。
その同僚の方からでした。
手紙には、このように書かれていました。
「病気になって初めて健康であることの大切さを、
食べるという基本的な人間の行動すらできなくなった自分は
切実に痛感し、半ば放心的になっていました。しかし、
そんな私にもいつもと変わらず箸を送ってくれてありがとう。
正月までにはこの箸を使って食事ができるように、頑張ろうという
大きな励ましになりました。本当にありがとう。」
手紙を読みながら母は泣いていました。
翌月、その方は亡くなってしまいましたが、母のした
行動は、彼にとってすごく勇気づけられたことだったんだなぁ
と思いました。

ナホトカ号重油回収にいった。オレも初災害派遣だったので頑張った。でも現地の人の反応はまるで人事のようで冷たかった。

56: 専守防衛さん
数年前、ナホトカ号重油回収にいった。極寒の日本海、みんな頑張った。オレも初災害派遣だったので
世のため人のためと頑張った。風邪ひいてぶっ倒れたトキもあった。
しかし、M鶴の人の反応は冷たかった(まるで人事)、TVでの報道はボランテアに集中・・・でも頑張った。
派遣が終わり、M鶴を去る日みんな無言で海を見詰めていた。オレは黙々と任務をこなしたみんなに感動した。
そして派遣中、世の中の反応(災害派遣は当然)に涙した・・・

58: 専守防衛さん
>>56
あなた方の活躍をプロジェクトXで取り上げて欲しいです。

オレには子供が1人いる。でもオレに親権はない。子供は離婚した元嫁と暮らしている。「ホントはね、○○はママとパパと暮らしたいよ。でももうダメなのってママが言ってた」

732: 30代バツ1(その1) ID:ue3rSAnY
このスレはROMだけのつもりだったんだけど、
なんか書きたくなっちゃった
今日は仕事休みだし。。

オレには子供が1人いる。でもオレに親権はない。
子供は離婚した元嫁と暮らしている。
オレと元嫁はいつからかケンカが絶えなくなり、
なんとなく子供の為に一緒にいるって感じになってしまっていたんだ。
子供が大きくなってくるとオレ達の口げんかを止めに入ってきてさ、
時々そんな子供に、「早く寝なさい」「子供が口出しするな」なんて事を
オレや元嫁は言ったりしてた。。辛かっただろうな。
周りからは仲の良い夫婦に見られていたけど、人前でケンカしたりはしないからさ。
このままじゃ結局ダメだなって事で離婚する事になったんだ。
子供と暮らしたかったけど、調停とかやってますます子供を苦しませる事はしたくなかった
から、嫁が子供を引き取りたいって言った時には「うん」と答えた。
子供も「ママと暮らしたい」って言ったしね。
でも次の日起きると枕元に手紙があったんだ。
「ホントはね、○○はママとパパと暮らしたいよ。でももうダメなのってママが言ってた。
パパは男だから1人でも平気だよね。ママは女だから○○が一緒にいてあげないとカワイソウだよね?」
オレは涙で前が見えなくなっていた。
それから3日後、オレは家を出たんだ。ローンももう少しで終わりだったマイホームをね。
もちろん娘に返事を書いたよ。
「うん。パパは1人でも大丈夫だよ。○○はママの言う事をちゃんと聞いて、助けてあげるんだぞ。
困った事があったらいつでも言ってくるんだぞ。夜中だって構わないから」
その手紙は娘の机にそっと入れた。

今日名門の大学出た同僚が「あいつは片親だし、高卒だから上司に向いてないよ」って食堂で陰口言われてたの聞いても、俺なんとも思わなかった。

909: 大人の名無しさん 投稿日:2010/03/16(火) 01:45:13 ID:mR/GnCe0
母さん、25才にもなった俺みたいな子の誕生日を祝ってくれてありがとう。
今日は母さんがろうそくを灯した時の、老いてしまった顔を見て、
どんなに苦労したのかと思って泣きそうになったよ。

俺が小学生の頃に離婚して、それ以来、俺と妹を一人で育ててくれたよな。
中学生の部活帰りに「お前の母さん、俺の家のマンションで掃除してる」
ってみんなの前でからかわれて、その夜に母さんに悔しくて文句言ったよね。
母さん悪くないのにさ、ごめんなさいごめんなさいって言わせて、本当にゴメン。
まだ小学生だった妹の前で、涙流して、妹も泣いちゃって、俺一人で怒って、
本当にごめん。今でも後悔してる。タイムマシンがあったら取り消したい。
一ヶ月くらいで仕事変えて、俺の朝練より早く出て行く母さん、
それでもちゃんと朝ごはんと弁当作ってくれた。なんでその時謝れなかったんだろう。

国立大学生の彼氏は性格も容姿も満点なんだけど、私だけ仕事して炊事洗濯掃除して買い出しいって性欲処理して馬鹿みたい。

153: 恋人は名無しさん 2008/11/17(月) 02:32:20 ID:CmvpGW09O
もう好きでいることに疲れた。
毎日毎日寝て食べてヤってPCでRPGやってるだけじゃん。私だけ仕事して炊事洗濯掃除して買い出しいって性欲処理して馬鹿みたい。
仕事で疲れて帰ってきても、「ご飯つくって」って。まだRPGやってるの…?
国立大学生(22)で将来有望かもしれないけど私(19)のことなんだと思ってるんだろう。
大学生だからたまあに学校いくけど「面倒臭い」「明日朝早いのだるい」だの文句ばっかり。
冷めてきてるのに気付いてほしい。掃除とか炊事やらなくなってきて「なんか哀しいわ」とかいってるけどこっちが哀しいよ。

明日8時起きなんだよね?私も仕事なんだから早く部屋の明かり消してゲームやめてよ。自己中で無神経で『自分はいいけどお前は駄目』に疲れたよ。
私が甘やかしすぎたの?だんだん自分も駄目になってく。
同棲楽しいし性格も容姿もほとんど満点だけど肝心なところ…もう無理だよ。

この子は私の子です。例え血が繋がって無くても私の子供です!

14 :大人の名無しさん :2006/12/05(火) 02:13:22 ID:mSy5QmK0 

俺を生んでくれた母親は俺が2歳の頃に死んだ。 
後の親父の話では元々、体が丈夫な人じゃなかったらしい。 
俺が6歳の頃に親父が再婚して義母がやってきた。 

ある日、親父が「今日からこの人がお前のお母さんだ」といって連れてきた。 
新しい母親は俺を本当の子供のように可愛がってくれた。 

家族とか血縁とかまだ分からない頃の俺にとって義母が本当の母親だった。 
それから、何年か経ち俺が中学の頃、今度は親父が事故で帰らぬ人となった。 

親父の葬式の席で親族が集まりこれからの俺たち家族の事で話し合うことになった。
親父の両親(俺から見て祖父母)は既に無く親戚づきあいも疎遠で葬式には親父の親族は誰も来なかった。 
後から知った事だが親父はガキの頃に両親を亡くし親戚中をたらい回しにされ。 
おまけにひどい扱われようだったらしい。 
そんな事もあり自分が大人になって働き出してからは一切、縁を切っていたらしい。
まあ、そんな状況もあり今後の俺たち親子の事を生母、義母側双方で話をする事になった。 

元々義母の両親は義母と親父との結婚に反対していた。 
まぁ親としては娘の結婚相手にコブ付きだとやっかむの当然かもしれない。 
また生みの母の両親は、まだ若い義母の事を考えて俺を引きと取ると言い出した。

15 :大人の名無しさん :2006/12/05(火) 02:16:04 ID:mSy5QmK0 

双方の親の利害が一致して俺は生母の家に引き取られると決まりかけた時。 
それまで双方の話を聞くだけだった義母が口を開いた。 
「この子は私の子です。例え血が繋がって無くても私の子供です!」 
「お願いですから、この子は私に任せてください。」 

物腰の柔らかい義母が珍しく語気を荒げていた。 
出会ってからはじめて見たそんな義母の姿に俺は驚きを覚えた。 
最初は難癖を付けていた双方の両親も最後には義母に折れる形となり。 
俺は義母と二人で生活することになった。 
稼ぎ頭の親父が死んで義母は必死で働いた。 
受験で大変な時期の俺を育てる為に必死で働いてくれた。 

高校3年の時、俺は家の事情もあり進路は就職すると決めていた。 
しかし、その話を聞いた義母は「大学に行きなさい。」と言った。 
「お金は母さんが何とかするからあんたは大学に行きなさい。」 
なんで、実の息子でも無いのにそんなに俺に一生懸命なんだろう? 
俺は半ば呆れながらそんな義母の言葉が嬉しくて思わず泣いてしまった。 
そんな義母の言葉に背を押され少し遅れて受験勉強。 

家の事情を考えると浪人は出来ないし、そんな事で義母を落胆させたくなかった。 
元々、勉強は出来るほうじゃないので入れた大学も大した大学じゃなかったが 
それでも合格と聞いた義母の涙混じりの笑顔は今でも忘れられない。

16 :大人の名無しさん :2006/12/05(火) 02:17:12 ID:mSy5QmK0 

大学に入ったが俺は生活費分ぐらい自分で何とかしようと決めていた。 
高校の時もそうだがアルバイト三昧の日々で良く留年しなかったものだと今でも不思議に思う。 
大学も何とか無事に四年で卒業が出来、就職も決まり俺は晴れて社会人になった。 
最初の初任給で義母にプレゼントを買った。 
さすがに俺のプレゼント(たいしたもんじゃないけど)には参ったのか 
ありがとう、ありがとうと言いながら泣く姿に俺も思わず貰い泣き。 
ほんと、感謝しなきゃならないのは俺の方です。 

それからは二人でつつがなく暮らしていたが、俺も30の手前で結婚したい相手が出来た。 
最初は俺の結婚を義母がどう思うかと思っていたが大喜びで歓迎してくれた。 
「あんたもこれで一人前だね」と言われて照れくさいやら恥ずかしいやら。 
最初は一緒に暮らそうと言ったが「お嫁さんに悪いから母さんはここで暮らすよ」と断られる。 

いやいや、かみさんも賛成してくれてるんだけど...。 
何度か話はするもののの結局、離れて暮らすことに。 
でも、結婚して一年経って義母が倒れた。 
幸い大事に至らなかったが、今後、同じ事が有ってもいけないと思い。 
断っている所を半ば強引に同居することに。 
その間、孫の顔も見せることが出来たしかみさんとも上手くやってるしで本当に幸せそうだった。 
でも先月、その義母が他界。くも膜下出血であっけなく死んでしまった。 

通夜の席でかみさんが義母の話をしてくれた。 
正直、この年になるまで義母のそれまでの人生を聞いたことが無かった。 
かみさんは義母から色々、聞いていたらしい。

17 :大人の名無しさん :2006/12/05(火) 02:18:08 ID:mSy5QmK0 

義母は親父と結婚する前に子供が生めない体だったらしい。 
最初はそんな事もあり結婚を断っていたそうだが、親父はそんな事情を承知で 
「俺たちには子供がいるじゃないか、俺の息子の母親になってくれないか?」の言葉に義母は涙ながらに承諾 
親父も人前も憚らず泣いていたそうで。 
義母曰く「あんなみっともないプロポーズは無かったけど嬉しかった」との事 

その話を聞いて俺はやっと理解できた。 
そして言葉にならなずに涙だけが溢れて仕方が無かった。 
今までかなり泣いたけど息が苦しくなるほど泣いたのは初めてだった。 
ぶっきらぼうな親父の優しさもそうだが親父のプロポーズを最後まで純粋に受け入れた義母に 
言葉に出来ない思いがこみ上げてきた。 

かみさんもそれ聞いた時は涙が止まらなかったそうで俺に話しながらまた号泣。 
子供たちも泣いてる俺たちを見てつられて泣き出す始末。 

義母いや、母さん、血は繋がってないけど貴方は俺にとって本当の母さんです。 
生みの母には悪いけど、俺にとって貴方以上の母はいません。 

親父、そっちで会ったら誉めてやってください。 
貴方が選んだ人はとても素晴らしい人でした。 
最後に母さん、もし生まれ変われるならまた貴方の子供に生まれたい。 
今度は貴方の本当の子供に生まれ変わりたいです。 
突然に逝ってしまって改まって感謝することが出来なかったけど、本当にありがとう。 

長文で申し訳ない。