高校生の頃の淡い淡い思い出です。

僕が高校生の時の話、ある女の子と付き合う事になった。中学の頃から何度か女の子に告られることはあったけど、それまで一度も女の子と付き合ったことは無かった。

別に相手の女の子がタイプじゃないとか、興味が無いとかそう言う事じゃ無く、ただ怖かったから。

女の子を笑顔にさせる自信も無かったけど、一番の理由は自分の持っている病気でみっともない姿を見られる事が怖かった。

病名は癲癇(てんかん)。最近、世間を騒がせた例の病気。

僕は今まで自分の病気を他人に隠したりした事は無い………。

でも、発作が起こる時は少しの前兆。その直後、意識を失ってしまう。

たいてい目が覚めた時は、病院のベッドの上で色んな人に上から覗かれながら目が覚める。

口の中は軽い怪我をしていて鉄の味がする。全身は脱力状態でしばらくは立ち上がる事も出来ない。

そして、若干の放尿。発作が起きた場所や状況によって、体のどこかに打身や怪我をしている。

こんな姿、彼女になってくれた人に絶対見られたくなかった。

高校生の最後の年、ある女の子が僕の事を好きでいてくれてる事を知った。

多感な年頃って事もあり、何となく自分でもこのままじゃいけない。

学生の内に一度くらい女の子と付き合ってみたい。

そんな焦りに近い感情から、好きでも無いその女の子に告白をしました(卑怯者です)。

勿論、自分の持っている病気の事も打ち明けて、それでも構わないと言ってくれたので付き合う事になりました。

付き合い始めて3日目、彼女は僕の病気を調べて、ほぼ把握してくれていました。

まだネットも無い時代で、かなり大きな本屋にでも行かないと置いていない、ぶ厚い専門書くらいにしか病気の事が記されて無かった様な頃に。

何故…? なんで……?? どうやって調べた………???

彼女の母親は、市内でも結構大きな病院の外科看護婦長さんでした。

母から専門書を借りて、教わりながら調べてきてくれていました。

付き合い始めてみると情が移ると言いますが、その通り、付き合う内に僕は彼女にぞっこん状態になっていきました。

進学の年です。彼女も僕も進学をどうするか考え、よく話し合っていました。

僕は、ほぼ決まっていたのですが、彼女は少しの間悩んでいました。

僕の為に、看護婦になる道を選択したいと考えてくれていたようでした。

しかし、彼女の母親が看護婦で大変な仕事である事を知っていて、今まで母と同じ道を選びたくは無いと常々考えていた為、悩んでいました。

でも、悩んでいたのも束の間。看護婦の道を決断してくれました。こんな僕の為に…。

僕はデザイナーになるべく専門学校へ。彼女は看護学校へ進学が決まり。程なくして自然消滅的に分かれてしまいましたが、

その後も時々、連絡を取り合っています。

今では彼女も立派な看護婦さんとなっています。勿論、僕もデザイナーとして日夜頑張る日々を送っています。

高校生の頃の淡い淡い思い出です。


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