新人営業マンだった頃

まだ新人営業マンだった頃の話。
回ってた企業に、ずっとうちの得意様である会社があった。
社長とその奥さんで切り盛りしている規模の小さい会社だったが
他ではできないような難しい仕事をこなし、一目置かれていた。
その為、社長はプライドが高くて気難しく
正直「どうして新人の俺がこんな難易度の高い客に・・・」と
常にビクビクオドオドしていた。
ある日、その社長から商品クレームの連絡を受け、呼び出された。
初めてのクレーム処理だった為、上司について来てもらおうと思ったが
「今すぐ一人で行ってこい」との事。
クレーム処理スキルは全くないし、いざ社長の前へ行ったら
もうペコペコと頭を下げる事しかできず、対応も何もあったもんじゃなかった。
そんな俺に飽きれたのか、社長は
「早めに処理しといてくれ」とだけ言って、解放してくれた。
重い気持ちのまま外へ出ると、うちの会社から携帯に電話が入り
「まだ話があるからすぐ戻ってこい」と、さっきの社長から連絡がきたとの事。
「えええ、まだ何かあるのかよ・・・」と、重い足取りで引き返す。
恐る恐る中へ入ると、「あ~、よかった!」と奥さんが出迎えてくれた。
「お話って何でしょうか?」と尋ねると、
「忘れ物!」とさっき俺が座っていたソファを指差した。
そこには、書類の入ったサブバッグが、俺が置いた状態のままになっていた。
「ごめんね、変な呼び出し方して。
 でもバッグ忘れてた事を会社に言っちゃったら、あなたが叱られるかと思って」
「俺に文句言われたから、頭の中真っ白になってんだろ。
 中は見てないから、安心しろ」
奥さんと社長にそう言われ、再びペコペコする俺。
外へ出た時、さっきまでの重い気持ちは吹き飛んでいた
上司にクレームの報告をした後、「実は」とバッグを忘れた話をした。
すると、上司はこんな話をしてくれた。
「うちの新人は、最初は必ずあの会社の担当になる。
 何故なら、うちだけでは教育しきれない事を、あの会社は教育してくれるからだ。
 あの社長には沢山叱られておけ。懐に飛び込んでしまえ」
営業所を移り、担当が変わってしまった今も、その会社には時々お邪魔する。
先日は、他業種の新人営業マンと鉢合わせした。
オドオドしている新人に、奥さんは言う。
「ほら、この人みたいにサボりに来る人も多いのよ。
 お腹空いたり、嫌な事があったりしたら、うちにコーヒー飲みにいらっしゃい」
社長は相変わらず厳しい目付きで新人を睨み、
「一杯200円な」
あの会社のコーヒーの価値が、一杯200円なんてもんじゃない事に
あの新人もそのうち気付くのだろう。