危機に直面した土壇場で、身の安全やお金よりも、息子の絵の事を考えたんだそうだ

僕の実家は阪神淡路大震災の直撃を受けた。

後に聞いた話で、家の崩壊まで10分ほど時間があったそうなのだが、その間父は逃げ延び、祖母は自室で絶命し、母親は生き埋めになった。

僕と妹は運良く上京しており、被災から3日目には掘り起こしを手伝っていた。

泥まみれの母親を初めに発見したのは僕だった。

その時足は骨折していたが、身動きが取れない中、ボロ雑巾のようなものを握り締めて放さないでいた。

僕が小学校の時に描いた、お絵かきコンクールで銀賞を取った絵だった。

自分では記憶にすら残っていなかったその絵が、母親にとっては自分の息子を誇る最も大切な宝物だったらしい。

危機に直面した土壇場で、身の安全やお金よりも、息子の絵の事を考えたんだそうだ。

大学に殆ど顔も出さず退学寸前だった俺は、その日から勉強に励み、5年掛けて大学を卒業した。

当時は後ろめたかったけど、今では胸張って叱ってあげられる。

「今度地震があったら、自分の命を一番に考えろよ」って。

母さん、長生きして下さい。


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