ノリ文字

346:T ◆Mgmi6HFlE6  10/02/12(金) 17:00:50
浪人をした。その間、親や友達ともほとんど話すことなどなく、いつしか俺は言葉を紡ぐことが出来なくなっていた。
そのくせプライドだけは一人前で、成績の良かった俺は周囲の人間を常に見下していた。俺はそんな人間だった。

受験の日。俺は予備校に通っていた日々と何ら変わらぬ調子で、挨拶もせずに家を出た。
父はいない。ただ、この日ばかりは母の「いってらっしゃい」という声も聞こえてこなかった。

午前中の試験は中々の出来だった。俺にはレベルの低すぎる大学だったな。そう思いもした。そして俺は単語帳を片手に、何の気なしに弁当を開いた。
するとそこには俺の大好きな甘辛い唐揚げがたっぷりのノリ弁当。他には野菜も何もない。
しかし、玉止めも出来ない不器用な母が朝早くから作ってくれた『がんばれ!!』というノリ文字は、俺の心を深くうった。
取り繕っていた無表情が崩れかけた。

試験が終わり家に帰り着いた。母はいつでもニコニコと笑いながら俺を出迎えてくれる。

「あ…ありがとうございました」
一年振りに口からこぼれ落ちた言葉。気がつくと俺は深々と頭を下げ、涙を流していた。

「ありがとうございました……ありがとうございました……!!」
父の死後家計が苦しく、本来は浪人などさせる余裕がないことは知っていた。知っていたのに知らぬ振りをしていた醜い自分。胸から熱い感情が沸々と沸き上がってくる。
言いたいことが沢山ある。もう俺は何も止められなかった。

泣きじゃくる俺を前にし、母は黙って笑いかけてくれた。

「お疲れ様でした」
ありがとう。母さん。