ばば

ちょっとでも母が長く出掛けていたりするとよく泣き出していた私を二人はいつも慰めて
くれました
じじがオセロの相手をしてくれたり、ばばはアンパンマンのセーターを作ってくれたり温
かい二人でした
でもある日の日曜、次の日も学校だという事で私は母に連れられて帰ろうとした時、じじ
が珍しく「明日は学校休んで今日は泊まれ」と言いました。しかし母はもちろん許さず私
は帰りました。
次の日じじは心筋梗塞だかで死にました。
淡々と葬式をあげました。
ばばは1人になりました。
そして一年くらい経った後ばばは痴呆症になりました。
そして私の叔母の家に預けられました。叔母は離婚しており夜スナックで働くという状
況、息子は大学生。でばばは外に出歩かないよう1人で家に閉じ込められていました。
どんどん痴呆は悪化ししまいには窓から警察に助けを呼んだりし、警察のお世話になった
りし結局は私の家に来る事になりました。
数年ぶりにばばに会えるのでとても楽しみにしていました。
久々に会ったばばはガリガリに痩せこけ自分の事もわからず、ただただ挙動不審な行動を
とっていました。

障害

すげーコンプレックスだった。
『おふくろになんで産んだんだよ』『お前のせいで大変なんだよ』最低な事言いまくった。
一番辛かったのおふくろだよな。
気持ちわかってあげれなくてごめん

もう1度でいいから、カーブを投げて欲しいです

丁度、今お通夜の最中です。兄貴が死にました。4つ年上の兄貴は40歳の若さで、この世を去りました。胃がんでした。
私の家は、母子家庭でした。だから、初めて野球を教えてくれたのは、親父でなく兄貴でした。新聞配達をして貯めたお金で、私が小学4年のときグローブを買ってくれました。SSKの安いトンボ目のグローブでした。

中学生のくせに、小学生相手に「剛速球」を投げ、取れないと怒鳴る奴でした。
「カーブ!」と一声。私に投げられたボールは、手前で私の視界から消えました。

嘘の訳もちゃんと確かめてたら良かった

私には付き合って1年の彼氏がいました。
その彼氏(Sとします)は持病をもっていて、心臓が悪かったです。
一緒にご飯を食べていると胸を押さえて苦しがったり、たまに倒れたり、何度もキツいと言いました。私はそんなSに何もしてあげる事が出来ずにいました。「大丈夫?」とか何の根拠もない事しかいえずに、悔しく思う毎日でした。
そして冬になり受験生である私達は勉強ばかりで連絡も取らなくなりました。Sと私は受験が終わったら必ず連絡するからと約束し、勉強に励んでいました。
Sは頭が良くレベルの高い高校を目指していました。ある時そんなSが推薦を受けていたという噂を耳にしました。SにLINEし、高校どうしたの?と聞きました。するとSは「○○高校目指して頑張ってるよ」と答えました。何で、嘘をつくんだろう。それに、推薦を受けたその高校はレベルが低い商業科。何を考えてるの。私はSともめ嘘をつかれた事に腹を立てSと別れました。そして、Sの事を気にすることも思い出すことも無く普通に過ごしました。
しばらくしてからSからLINEがきました。